目的

 JW2世はどんな問題を抱えているのか。その所在を明らかにするのが本論文の目的である。

 1.幼い頃からの宗教教育の中で

 JWは、子供がごく幼いときから(生まれたときから)宗教教育を施す。

 例えば、JWは週に3回集会へ出席させるが、乳幼児くらい幼い子どもであっても同席させる。子供部屋や子供用のプログラムなどは存在せず、大人と同じ講演内容を聴くことになる。泣き出したり、少しでも落ち着きがなくなったりすると、他の聴衆の迷惑になるので、厳しく躾けられる。子どもにとって2時間の集会中、じっと座っていることは苦痛意外の何ものでもない。4,5歳くらいになると講演内容を聴き、簡単なメモがとれるように訓練される。注解(集会中の挙手・発言)も段階的に訓練される。「家族研究」や「家庭聖書研究」と呼ばれる家族内での勉強会は、説教の時間となることも多い。

 また、子供は伝道にも参加する。簡単な証言(ここでは勧誘の意)も出来るように訓練される。普通は、小学生のうちに正式な「伝道者」という立場になる。そして、多くの場合、中学生か高校生で献身(正式な信者になること。バプテスマという儀式を受ける)する。1992年までは、大学などの高等教育も疎まれていたため、高校を卒業したら開拓奉仕者(月に80時間以上、伝道活動をするよう義務づけられている伝道者)となり、自活できる最低限の仕事をしながら生活するという生き方が普通と考えられている。

 このようながんじがらめの宗教教育によって、自ずとJW2世は、JWとしての道だけを歩むことになる。非常に狭い範囲でアイデンティティを構築しなければならない。エリクソンによると、人は青年期に数々の葛藤を繰り返し、「自分は何者か」の問いの答え(つまりアイデンティティ)を求め、自己を形成していく(鑪,1990)。JW2世は、このような葛藤がないため、同一性早期達成であると考える。しかし、JWに疑問を持ち、離れることになると、一からアイデンティティを構築しなければならない、同一性拡散の状態に陥ってしまうのではないだろうか。

 また、子どもが「反抗期」を迎えることは一般的に知られているが、JWでは「親の命令は絶対」という教え(新約聖書エフェソス人への手紙6章1節には「子供たちよ、主と結ばれたあなた方の親に従順でありなさい。」とある。)のため、反抗しながら成長するといった考えがなく、徹底的に従順になるよう躾ける。このような養育態度にも問題があると思う。

 「厳しい躾け」と前述したが、その中身は、体罰である。JWでは、特に道具(鞭)を使った体罰が容認されている。もとい、奨励されている。今は、かなり緩やかになって来ているようだが、演壇上から具体的な叩き方までレクチャーされ、集会中体罰の現場となる王国会館(集会所)のトイレには、専用の鞭が用意してあった所もあるらしい。私の場合、専らスリッパか革ベルトだったが、一般的にはゴムホースが流行していたようだ(服部,1998)。これらの激しい体罰が、トラウマとなって心に傷を作ってしまう場合も考えられる。
 その上、JWには禁止事項が山のようにある。宗教的行事の参加禁止(正月、年賀状、雛祭り、こどもの日、七夕、クリスマスなど)、誕生日祝い禁止、暴力的・性的な内容の出版物・テレビ番組・音楽の視聴禁止(そのためTVを処分するJW家族もある)、世(一般社会)との必要最低限以上の交友禁止、タバコ禁止、輸血禁止、校歌・国歌斉唱禁止、格闘技禁止(授業での柔剣道、運動会の騎馬戦なども含む)、婚前交渉禁止、自慰行為禁止、選挙参加禁止などである。これらの禁止事項はもちろん子どもにも適用される。そのため、欲求不満を感じたり、学校生活などで周りとの価値観の違いに戸惑ったりすると考えられる。

 また、「ハルマゲドンがまもなく到来する」という信条をたたき込まれるため、JWの中で落ちこぼれることを恐れるようになる。それは「死」を意味するからである。ハルマゲドンの悪夢(地震、地割れ、火の雨)にうなされる子どもも多いと聞く。私もよくその夢を見た。

 JWでは、母親が信者で父親が未信者、というケースが圧倒的に多い。その後、父親も信者になるケースも少なくないが、夫婦仲がうまくいかず離婚する場合もある(JWは離婚も禁止しているが、「淫行」つまり浮気していた場合認められる)。このような状況の中で、JW2世は両親の価値観の違いに戸惑ったり、ストレスを感じてしまうと考えられる。かと言って、両親双方がJWだと、宗教教育がさらに厳しくなり、子供にとっては逃げ場のない環境となる。

 学校生活では、多くのJW2世が、自分がJW2世であることを隠す。価値観の違いからいじめられることも考えるし、自分が受け入れられないのではないか、という不安が付きまとうからだ。そのため、「学校での自分」と「会衆での自分」という2重生活を送るようになる。先に述べた禁止事項に授業内容が触れる場合(例えば柔剣道の授業)、また大会に出席するため学校を休む場合、その旨を担任に伝えなければならない。せっかく隠してきたJW2世であることが台無しになってしまうため、大変大きなストレスを感じる。なかなか言い出せず、親が代わりに証言(ここでは参加できない旨を述べること)する場合もある。

 このような状況のJW2世が抱える最大の問題は、自分の信仰が能動的ではないことであると思う。 自らJWになった人(JW1世)は、何かしらの魅力をJWの中に感じ「JWになろう。」と思うはずである(ウィルソン,1978)。JWは、統一協会のように、最初は自分たちがその宗教団体であることを隠して近づき、いつの間にか勧誘に成功している、という手法は取らないからである。それに対し、JW2世は、「エホバへの信仰生活」が当たり前という環境である。なぜ、エホバを崇拝し、厳しい信仰生活をしているのか分からずとも、信仰生活を強いられるのである。言うなれば、受動的信仰でる。

 JW1世から見れば、自分が試行錯誤してたどり着いた結果であるJWという信仰を生まれたときから実践出来るJW2世を「恵まれた立場」と見るだろうが、実際、JW2が自分たちが恵まれているとは考えない。もちろん、中には本当に恵まれた立場だと思って、忠実なJWとして生活するJW2世もいる。しかし、受動的信仰の辛さにあえぐJW2が多いであろう。

 2.マインド・コントロールという捉え方

 ウッド(1993)や林(1997)、中澤(2000)らは、JWの抱える問題の一つはマインド・コントロールであると捉えている。ハッサン(1993)によれば、マインド・コントロールとは「個人の人格(信念、行動、思想、感情)を破壊してそれを新しい人格と置き換えてしまうような影響力の体系のことである」。 確かにJWにもそれが当てはまる面もある。ハッサン(1993)の言うマインド・コントロールの四つの構成要素(行動コントロール、思想コントロール、感情コントロール、情報コントロール)にJWがどれほど当てはまるか、見ていきたい。

@行動コントロール:これは、「個々人の身体的世界のコントロール」のことである(ハッサン,1993)。JWは集会・伝道・大会など多くの時間を信仰生活のために割く。この点では、JWは行動をコントロールしていると言えると考える。

A思想コントロール:「思想コントロールの内容は、メンバーに徹底的に教え込みをして、そのグループの教えと新しい言語体系を身につけさせ、また自分の心を『集中した』状態に保つため思考停止に技術を使えるようにすることである」(ハッサン,1993)。JWは、この世の全ては悪魔サタンが支配する悪であるという教義を教える。そして、聖書は信頼できる唯一の神の言葉であることを強調する。また、ものみの塔の出版物の研究(朗読・質問・本文の中から答える、という一連の内容)を通して、自分で考えずに聖書や出版物の中から答えを導き出すようになる。ここまで、本論文を読んで下さった方ならお気づきだろうが、本論文には括弧にくくった注が多い。それほど、JW独自の言語が多いと言うことである。このように、JWは思想コントロールの内容に当てはまる行為を行っていると考えられる。

B感情コントロール:「感情コントロールは、人の感情の幅を、巧みな操作で狭くしようとするものである。人々をコントロールしておくのに必要な道具は、罪悪感と恐怖感である」(ハッサン,1993)。JWの掲げる道徳規準は非常に高い。逆に言うとJWの教義から見ると、一般の人々は道徳的に基準の低い生活をしている。JWと聖書研究を始めると、その罪悪感を感じることになる。また、ハルマゲドンの恐怖を現実的に強調する。「自分は、聖書から見れば堕落した生活をしてきた。このままではハルマゲドンで永遠に滅ばされるだろう。」と思うようになる。この点で、JWは感情コントロールを行っていると言えると考える。

C情報コントロール:これは、マインド・コントロールをする側にとって不利な情報を制限することである。JWは、暴力的・性的なTV・音楽・書籍を見ることを禁止している。また、一般社会の情報は悪魔サタンの影響を受けたものであると教える。ものみの塔が与える情報だけが信頼できるものとする。他の宗教の情報を見ること厳しく禁じ、特に元JWメンバーが書いたものを「背教文書」と呼び、忌み嫌う。これらのことを見ると、JWは情報コントロールを行っていると言える。

 このように、JWがマインド・コントロールを行っている側面を持っていることも否定できないと思う。しかし、秋本(1998)は、JW2世に関して次のように述べている。

 「エホバの証人は破壊的カルト(セクト)で信者をマインド・コントロールしている云々」という論はよく聞く。実際、そのような説明でエホバの証人の行動や考えを説明した本は多い。この「マインド・コントロール」は、信者に与えられる情報をコントロールすることによって、認識や行動や人格を変容させる技術を、本人に密かに用いること、と定義されている。この見方による評価の欠点は、視野が極めて狭くなることである。つまり操作される側と操作する側という単純な図式でしか、ものが見えなくなるのである。しかし実際には、それ以上の複雑な要素が絡んでいるし、この説明で予想される事柄との間に、いくつもの矛盾もみられる。つまり、彼らの行動や考えの説明方法としては、あまりにも安直だ、というのが私個人の考えである。より現実を直視した書き方をするため、この考え方をあえて無視した。

 秋本(1998)の意見を裏付ける例を紹介しよう。

 ハッサン(1993)は、マインド・コントロールを使う破壊的カルトから信者を救出するとき、彼らが「二重人格」であることに注意する。つまり「カルトに入る前の人格」と「カルトの人格」である。「カルトに入る前の人格」に気づかせることが、救出の第一歩だと言う。しかし、JW2世(JWに限らず、カルトの中で育った子供たち)は、「カルトに入る前の自分」というものが存在しない。「取り戻す人格」と言うべきものがないと言っても良いだろう。(先に述べた「学校の自分」と「会衆の自分」を二重人格と言えなくもないが、どちらも「仮の自分」なので別の次元である。)

 また、ハッサン(1993)は、マインド・コントロール達成の過程を、次の3つの段階で説明している。

@解凍:その人の現実を揺さぶって、混乱させ、古い人格を破壊する。

A変革:人格が崩壊した後にできる空白に新しい人格を押しつけて、埋める。

B再凍結:新しい人格を固めるため、人生の目的と活動が与えられる。

 確かに、これはJW1世の場合には当てはまると思う。ものみの塔が、新約聖書エフェソス人への手紙4章22-24節の「その教えとは、あなた方の以前の生き方にかない、またその欺きの欲望にしたがって腐敗してゆく古い人格を捨て去るべきこと、そして、あなた方の思いを活動させる力において新たにされ、神のご意志にそいつつ真の義と忠節のうちに創造された新しい人格を身につけるべきことでした。」という聖句を強調していることは大変興味深い。だが、JW2世は、生まれたときから信仰生活を行っており、「古い人格」は存在しない。つまり、マインド・コントロールという「過程」では、説明がつかないのである。

 これらの点から、JW2世問題を単純なマインド・コントロール問題として扱えないと考える。

 3.離れた後の苦しみ

 JWの厳しい信仰生活からドロップアウトしたり、JWの教えや組織の矛盾に疑問を感じ、JWを離れていくJW2世は少なくない。彼らはどんな問題を抱えているのだろうか。

 先に述べたように、JWとしてのアイデンティティが崩れると、同一性拡散と言った状態になるという問題である。今までずっと信じてきたものが崩れてしまう経験は、相当辛いものである。まったくのゼロの状態から、自分自身を作り直さなければならなくなる。この状態を「自我崩壊だった。」という人もいる。

 また、今までのJWとしての価値観と一般社会との価値観のギャップに大きなずれがあるため、戸惑ってしまう。今まで「悪」と教えられていた一般社会の中で、どう生活したら良いのか分からなくなる人もいる。人間関係がJWの中にしかなく、どう新しい人間関係を構築していったらよいのか悩む人もいる。

 取り戻せない人生を悔やむ人も多いだろう。何もかもエホバへの信仰に捧げてきたため、異性との付き合い方を知らなかったり、進学出来なかったりした人も多い(1992年までは大学進学が規制されていた)。JWでは、独身でいることが薦められていたので、婚期を逃してしまった人もいると思う。
 JWである親との関係もこじれてしまう。親子、両者ともどのようなスタンスで付き合っていけば良いのか分からず、不自然な関係になってしまう。JWに戻ってくるように行動する親や、逆に一切口を聞かなくなる親もいる。

 JWをやめたJW2世は、「離れたこと」に関する劣等感を持って、生きなければならない。JW的なしこりとも言っても良いかもしれない。自分の中にJW的感情が残っており、それがたまらなく嫌になることがある。JWを否定し得ない自分という感情と言うべきだろうか。

 JW2世としての問題は、やめた後も生涯続くことになるのである。

 本論文の目的は、以上のような観点から、JW2世にはどのような問題があるかを検討することである。

 

方法

1.被験者

 北海道在住のJWを離れたJW2世の男女4名(男性2名、女性2名)。彼らとは主にインターネットを通して知り合い、協力を求めた。

2.調査方法

 インタビューによる。インタビュー項目は、私の経験をもとに作成した。

 時系列を以下の5つに分けた。

 @JW2世として育てられた頃

 一番熱心だった時の立場(研究生、伝道者)、家族構成と信仰の様子、集会への態度、学校生活、友人との付き合いなどについて。

 AJWに違和感を感じた頃

 違和感や疑問をどのように感じたか、家族はどのような反応だったか、集会に関わる態度に変化はあったか、自分に影響を与えたものなどについて

 BJWをやめるきっかけを得た時期

 やめるきっかけとその背景

 CJWをやめた直後

 どう行動したか、そのときの心理状態、それに対する圧力はあったか、支えられた存在についてなど。

 D現在まで

 どのように「新しい自分」を作っているか、家族とはどのような付き合いをしているか、JWに対しどんなスタンスでいるか、インターネットの役割などについて。

その他、時系列に関係なく、JWとして活動していた頃非JWの生活に憧れていたか、JWをやめた後「JW的しこり」を感じるか、という質問をした。

3.調査時期

 2000年12月中旬。調査場所は喫茶店などを使い、一人につき1時間以上インタビューするよう心がけた。

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